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カリスマバイヤーに会いたい!CDショップ大将!

全国各地の名物CDショップ店長やカリスマバイヤーを訪れ、音楽のこと、お店のこと、いろいろお話を伺います。

みなさん、こんにちは。このコーナーでは全国にいる名バイヤーを紹介して行きながら、配信などに押されつつあるパッケージビジネスの現状で今こそCDショップの存在価値を見い出そうじゃないか!という企画です。これに便乗して美味いもん巡りでもしたいところですが、さてどうなることやら…

第4回 株式会社ミヤコ 福嶋恵介さん

ご紹介するのは大阪の老舗のチェーン店、株式会社ミヤコの福嶋恵介さん。

自分が大阪のCD屋で働いてた頃、メーカーさん(レコード会社)から新人のプレゼンがあったときに「ミヤコの福嶋さんが気に入ってくれたから間違いないっすよ」ってな具合にやけに信頼度が高かったんですが、「なんであんなオヤジ(失礼)の言うことをみんなアテにしてるんだろう?」って思ってたんです。しかも『小山田圭吾とかオザケン(当時、全盛)は大阪に来たら必ず福嶋さんのところに挨拶に行く』っていう噂も飛び交ってたし、いったいこの人はなんなんだ?というカンジだったんです。その後、何かとお会いする機会もあって、お話もさせてもらったんですが、ほとんどムダ話で終始して、福嶋さんがなんでスゴイかってよくわからないまま、もう7~8年経ったワケです。んでもって、コレはいい機会だ、ってことで改めてちゃんとお話を聞こうと。

現在、福嶋さんは商品本部に籍を置いており、店舗の統括的なポジションで勤務されています。

福嶋さんがミヤコで正社員として働きだしたのはビリー・ジョエルの『ストレンジャー』が発売された頃。
(注:CD屋の店員なんていつから働きだしたなんて厳密に覚えてないんだけど、そのときに流行ってたレコードはちゃんとインプットされてるんです。笑)
ミナミの繁華街、心斎橋筋に面した店舗だったのですが、最初はレコード担当(当時CDなんてありませんからね)ではなくオーディオ機器などのハード部門の販売。

 

「レコード売りたくてレコード屋に就職したのになんでワシはこんなもん売ってるねん…って悲しい気持ちをストレンジャーのイントロの口笛が後押ししてくれてましたね(笑)当時の大阪はアメリカ西海岸の文化が持てはやされてた時代なんです。いわゆる丘サーファーが大量に出現しだした頃。その象徴が石川セリの『ムーンライト・サーファー』。ものすごく売れましたね。その軽さが大阪らしい(笑)」

ボクも大阪にいた頃に感じてたのが、ココは全国的なムーブメントとは関係なく、独自の流行っていうのが成立してる土地だ、ってことなんですね。近年だとFM802のヘビーローテーション。山崎まさよしも斉藤和義も最初はココから話題になりました。福嶋さんが働きだした頃も上記の石川セリの他に桑名正博のアルバム中の1曲が売れたりだとか、地元のFMとか店から発信したモノに寄せる信頼が高かったようです。

「例えば、お店なんかだと、まだ試聴機なんてなかった時代ですからね。店のオススメで買った商品をお客さんが気に入ったら、その人はその店に毎回、買いに来るワケですよ。だから自分が気に入った作品が出たら、最低でも20枚ぐらいは仕入れてました。もう買う人たちがわかってましたから。主に周辺の美容院や服屋だったりするんですけどね。店のBGM用にね」

さすがミナミの繁華街のど真ん中の店ならではのエピソード。当時はタワーやらHMVといったいわゆる外資系の店舗もなかった時代なので、最先端の音楽もここから発信してたワケです。

「まず、ヒット商品だろうが、そうでなかろうが、とにかく大阪で一番売ってやろうって気持ちが大きかったんです。自分が働いてた店は20坪かそこらで、本店と比べて、そりゃ規模も小さいですからトータルの売上では負けるけど、コレっていう1アイテムは勝つぞ!っていう(笑)んで、そんな気概で臨んで、最初に本店よりも売ったのが寺尾聡の『リフレクションズ』だったんです。」

さすがナニワの商人(あきんど)!ボクなんか“コレが売れたらカッコエエねん”とかヘンなコダワリ持ってたから、結局、数字的に何にも残せてないんですけど、この形振りかまわない感じが福嶋さんを有名にしたんですね。

「自分で言うのもおこがましいと思うんですけど、タワーもHMVもなかったあの時代にああいう外資的な店をやりたいという発想が他になかったからだと思うんです。レコード屋そのものの成り立ちが保守的なところから始まってるから、どうしても型通りのモノしかなかったんです。古い慣習に縛られてて、なかなか新しい風が吹き込まれない。だからミヤコもどっちかといえば、そういう感じだったんです。あのロケーション、つまり洋服屋や美容院とか流行の先端を行く場所にあって、流行の音楽を売らなあかん店がそんな古臭くってええのか?っていう感じだったんですね」

今だったら、街中のショップはそれなりに流行を取り入れた見せ方をしてますが、当時はそうでもなかったんですね。コレって“言われてみれば確かに”みたいなコロンブスの卵的な発想だったと思うんですが、なかなか踏み出すには勇気というかリスクも大きかったと思うんです。

「自由なことするには、まず売上を立てやなあかんっていうのがありました。井上陽水の『9.5カラット』っていうアルバムがあったんですけど、周りの割と売れてる店より全然多く仕入れたんです。コレは絶対売れると。そしたら全国的にレコード会社の予想を大きく上回って売れて、発売日の翌日には大阪中のどこの店に行っても品切れだったんです。その商品がウチだけはあった。他にないから、みんなウチで買っていくワケですよ。で、結果的に20坪かそこらの規模のウチの店が大阪で一番売ったということがあったんです」

やっぱりコレですね。バランス感覚。ちゃんと売るもん売って、あとは好きなことやる。バイヤーの醍醐味でもあります。まあ、今は売れるモノが限られてて、なかなか好きなことが出来なくなってきているという状況ではあるんですけどね。(泣)

「本店にいた頃はやっぱり場所柄も踏まえてananとかファッション誌に掲載されてる作品を集めたコーナーとか作ってました。今だったら企画コーナーとか当たり前の話なんですけど、当時はそんなのなかったんです。レコードを平積みにしたり…ってレコードはホンマは平積みしたらダメなんですけどね(笑)もう、レコード屋っていう感覚じゃなかった」

だから“タテのモノをヨコに置く”っていうのは出来そうで、なかなか出来ないんですが、今のこんな時代だからこそこういう工夫はやらないといけないんだなと痛感しました。限りある(本当は無限なんですが)商材をどうやって売るか?仕入れたモノをただ並べるだけでは、ダメなんだと。

昔の話だったんですが、当時の勢いのある売り場が見えてくるような楽しいお話でした。福嶋さんありがとうございました!勉強させてもらいました!

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ミヤコ ナンバウォーク店
〒542-0074 大阪市中央区千日前1丁目ナンバウォーク5-3
ナンバウォーク3番街・南
営業時間:10:00~21:00
第3水曜定休(変更あり・店舗にお問い合わせ下さい) TEL:06-6213-6129

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