- 第10回
- 清 竜人

今の自分へと続く、あの頃の自分が初めて買ったレコード。そして初めて足を運んだレコードショップ。どんなアーティストにもある“原点”を探る、『マイファーストレコード』。第二回目の登場は、PE'Z、そしてpe'zmokuへと進化を続ける“侍ジャズトランペッター”、大山渉。小学生の頃からトランペッターを目指していたという彼の、人生のターニングポイントとなる一枚は?
撮影 渡辺誠 文 朴順梨

- 近藤真彦
- 「スニーカーぶるーす」
「一番最初に買ったレコードは、近藤真彦の『スニーカーぶるーす』なんです。今考えると理由がわからないんだけど、当時はダントツマッチファンで、トシちゃんは存在すら知りませんでした。でもこれは親に買ってもらったもので、自分のお金で買ったのは小学校5年か6年になってから。マイルス・デイビスの『ユア・アンダー・アレスト』っていう、マイケル・ジャクソンなどの曲を演奏している、カバーアルバムです
小学生なのに聴く音楽は全てジャズ。好きな雑誌は『スイング・ジャーナル』。マンガやアイドルに燃える年頃なのに、どっぷりジャズにハマッていた。そんな早熟な子供時代を過ごしたのには、訳があると語る。
「トランペットを始めたきっかけは、小学校1年の時に、自分がもやしっ子だったことを見かねたいとこが、斑尾高原に連れてってくれたことなんです。オニヤンマとかがメチャメチャでかくて、そういうのを捕まえに外に出かけたら、近くで『ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾』っていう野外イベントをやっていたので、それを見に行って。以来ジャズにはまって、お年玉や誕生日プレゼントをガマンして、小2の時にトランペットを買ってもらいました。小4の時の愛読書は『スイング・ジャーナル』。というのもうちの親が厳しくて、マンガ禁止だったんです。でも『スイング・ジャーナル』は許してくれて。今思うと、子供があんな雑誌を読んでたらダメだと思うんですけど(笑)。

- Miles Davis
- 「Your under arrest」
で、やっぱり最初は王道のマイルスを買いました。初めてコピーした曲もこのアルバムに入っていた、マイケル・ジャクソンの『ヒューマンネイチャー』と、シンディ・ローパーの『タイム・アフター・タイム』。当時ヒットしていたことに加えて、マイルスがトランペットで吹いていたので、コピーしやすかったんです。
マイルスだけでなくクラシックの超一流トランペッター、ウィントン・マルサリスにも没頭してました。だから5年生ぐらいの頃には、音楽大学に行って将来はトランペッターになろうと決めてましたね」
しかし高校生になった途端、トランペットを止めてしまった。代わりに熱中していたのは柔道。将来の夢もトランペッターではなく、柔道家にシフトしたそうだ。
「親に「自分でやりたいって言ったんだから、トランペットは毎日練習しなさい」と言われてたんです。1日30分程度でも、毎日続けるのはすごく辛かった。他にも「夜は8時に寝ろ」「飯は一口も残すな」とかメチャクチャ厳しくて。小4の時に泊まりに来た友達が、「お前の家、寺みたいだな」ってつぶやいた程、厳格な家庭環境でした(笑)。

- class
- 「夏の日の1993」
毎日の練習が苦痛だったのと、高校で柔道部に入ったら楽しかったので、トランペットをすっぱり止めちゃったんです。そこからはもう、柔道一直線。さらに今まで興味がなかった、J-POPばかりを聴くようになって。CDショップに通って今井美樹やT-BOLAN、ミスチルの初期のものや『夏の日の1993』とか、手当たり次第に買ってました。当時は茅ヶ崎駅前の新星堂の超常連で、元々ジャズのCDを買ってたこともあって、ポイントカードが貯まる貯まる(笑)。でも新星堂は、もっと積極的にPE'ZのPOPを作ってくれると嬉しいんですけどね(笑)。
当時は1日20時間ぐらい柔道のことを考えてたので、音楽を聴くのは移動時と授業中のみ。登校中に聴いて、6限のうちの5限はヘッドフォンをして寝ながら聴いて、授業が終わると柔道。音楽を聴きながら家に戻って、メシを食ったら聴きながら道場に行って、帰り道でまた聴いて、みたいな感じでした。
だから音大ではなく、東海大に行って柔道を続けようと思ってたんです。でも3年の夏に膝を大怪我して、柔道を諦めざるを得なくなって。そんな時にトランペットが吹けるのを知っている友達から、バンドに誘われたんです。柔道への情熱が失せたこともあって、「まあいいか」と思って参加したら楽しくて。また音楽に没頭しちゃったんです。

- 横浜銀蠅
- 「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」
そのバンドは『さざなみ音楽振興会』って名前で、いろんなアーティストの盛り上がる曲だけを演奏してたんです。中でも一番記憶に残っているのが、横浜銀蠅の『ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)』。学校中の人気者が集まってるバンドだったので、学園祭で演奏した時には、体育館が満杯になるほどお客さんが集まったんですけど、この曲での盛り上がりがすごくて。……この時に「お客さんをいっぱい呼んで盛り上げることの楽しさ」を知ったのかもしれない。
以来「俺は一生音楽をやるぞ」と決意して、音大に進学しました。そこで仲が良かった友達を通して、ヒイズミと出会いました。他にも色々な出会いがあって、それがPE'Zに繋がっていったんです」
99年にPE'Zを結成し、02年にメジャーデビュー。05年には海外ツアーも果たした彼らは今年、フォークシンガーのsuzumokuとユニット『pe'zmoku』を結成。新曲をi Tune Storeで先行リリースするなど、pe'zmokuはネット配信に積極的だが……。
「PE'Zに新しい風を入れたいと思っていた時に、suzumokuと出会いました。歌はずっとやりたいと思っていたけど、PE'Zとは別ものと考えていたので、新しい形が生まれてよかった。しばらくはpe'zmokuとしての活動がメインになると思います。
技術は進歩してるから、CDそのものが売れなくなっていることはしょうがないと思うんです。pe'zmokuもネット配信してますし、それがシェアを伸ばしていくことに対して否定はしていません。でもだからこそCDショップは、自分のスタンスを持つべきだと思うんです。たとえば茅ヶ崎には新星堂以外に個人経営のチヤマっていうCDショップがあって、新星堂は各ジャンルが満遍なく揃っているけれど、チヤマはサザンの新譜が出るとポップがサザン一色になるなど、個人の意思がセレクトに色濃く反映しています。しかもCD1枚につき、保護シートをサービスしてくれる。当時はわからなかったけど、このサービスって今思うとすごい。

- JITTERIN’JINN
- 「プレゼント」
それに人から勧められて聴いてよかった音楽って、たくさんありますもん。たとえば中2の時、ジャズばっかり聴いててJ-POPを全然知らなかったところに、好きな女の子が「これいいよ」ってJITTERIN’JINNの『プレゼント』を貸してくれて。それが思い出の青春ソングとして、今も心に残ってますからね。この「この曲いいよ」ってリスナーに教える熱意を持つことが、これからのCDショップは大事だと思うんですよ」
大山さんに影響を与えたCDショップって、どんなところだろう?と興味を持った編集部。2つのCDショップに実際に行ってきました。そのレポートはこちらから!







